大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2433号 判決

原告

株式会社

ラジオ関東

右代表者

越田覚造

右訴訟代理人弁護士

竹内桃太郎

外三名

被告

ラジオ関東

労働組合

右代表者

岡田研二

右訴訟代理人弁護士

松井繁明

外三名

主文

1  被告は原告に対して別紙物件目録記載の建物のうち同記載(一)の部分を明渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  この判決は仮りに執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告が訴外麻布台ビル株式会社所有の別紙物件目録記載の建物のうち、三階のうち約837.8平方メートル及び二階のうち約786.7平方メートルを同訴外会社から賃借して、原告の東京支社事務所としてこれを使用していたところ、昭和三九年八月二九日に原告の従業員の組織する企業別労働組合である被告に対して右東京支社事務所のうち別紙物件目録(一)記載の部分すなわち係争事務室を被告の組合書記局事務室の用に無償で貸与することを約して引き渡したことは当事者間に争いがないから、原告の被告に対する係争事務室の右の引渡しにより、原被告間において係争事務室を目的物とする使用貸借契約が成立したといわなければならない。

そして、被告が同日以降右引渡しにもとづいて係争事務室を組合書記局事務室の用に供して占有していることも当事者間に争いがないところ、被告は、係争事務室に関する右の使用関係について、「団結権保障に伴う必然的な独特の使用関係」にほかならないともいい、または「特殊労働法的(たんなる使用貸借上の権利と区別される意味での)使用権限」ないしは「労働法上の公序にもとづく使用権限」を有するともいつて、被告の係争事務室に対する右の占有を正当ならしめる権原を使用貸借上の借主の使用収益権以外のところに求めてなにかと模索を試みるようにみられる。しかし、係争事務室を目的物とする本件使用関係は、すでにみたとおり、典型契約たる使用貸借であり、それ以外のなにものでもないというべきである。もつとも、原被告間において前同日付をもつて会社施設の利用等に関する労働協約が締結され、その協定第八項において「会社は書記局一室(約2.5坪、空調設備あり、内線電話一台、机、椅子を含む。)を無償で貸与する。」との合意事項が掲げられていることは当事者間に争いのないところであるが、この事実に弁論の全趣旨をあわせると、右労働協約の組合事務所貸与条項(第八項)の履行たる便宜供与として原告が被告に対して係争事務室を無償貸与したことが認められるから、本件使用貸借契約は右労働協約上の便宜供与を目的とするものというべきである。したがつて、本件使用貸借と右労働協約とは、その成立においてのみならず、その存続上相牽連する関係にあるということができる。しかし、本件使用貸借の法律的性質が右労働協約によつて消長をきたすことはありえない。

二本件使用貸借の終了について判断する。

1  前記協定第八項に係る労働協約について有効期間の定がないこと、及び原告が被告に対して昭和四二年一月二三日をもつて右労働協約を解約する旨の予告を適式の文書をもつてし、右予告が昭和四一年一〇月二四日に被告に到達したことは当事者間に争いがなく、したがつて、解約しようとする日の九〇日前に予告されているから、右労働協約は適法に解約され、昭和四二年一月二三日をもつてその効力を失つたというべきである。

そこで、原告は、本件使用貸借の成立に際し、原被告間において、右労働協約が失効したときは、本件使用貸借が終了するものとする旨の黙示の合意が成立したと主張するけれども、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。原告の右主張は採用の限りでない。

2  被告は、原告が昭和四二年一月二三日に被告に対して同日をもつて本件使用貸借を終了させる旨の告知をしたことは、これを認めて争わないが、係争事務室については「被告が組合活動の本拠たる労働組合書記局としてその使用権限を取得し、現に右目的に従いその使用を行つているから、係争事務室の使用目的は未だ終了していない。」と主張するところ、被告の右主張は、民法五九七条二項にいう契約に定めた目的に従い使用を終つたときに該当しないとして、原告の右告知の効力を争うにあるものと解される。

しかしながら、まえにみたとおり、原告が被告に対し前記労働協約の組合事務所貸与条項(第八項)の履行たる便宜供与として係争事務室を無償で貸与したことにより、本件使用貸借契約は前記労働協約上の便宜供与を目的とするものであるところ、さきの認定によれば、前記労働協約が昭和四二年一月二三日をもつて失効したのであるから、これに牽連して、被告が係争事務室を前記労働協約上の便宜供与にもとづいて使用する関係は右の協約失効と同時に終了したと解すべきである。すなわち、被告は本件使用貸借契約に定めた目的に従い係争事務室の使用を右協約失効時に終つたとみるべきである。したがつて、本件使用貸借は、前記労働協約の解約を経て、これと同時になされた右(本項冒頭)の告知により昭和四二年一月二三日をもつて終了したといわなければならない。

三被告は不当労働行為を主張する。すなわち、原告は被告の組合活動の場所的本拠たる組合書記局を被告組合員の職場内から奪うことにより、又は職場から切離すことにより被告の組織及び団結を破壊しようとする意図をもつて、前記協定第八項に係る労働協約の解約及び本件使用貸借の告知を行つて係争事務室の返還を求めるにいたつたのであるから、これは労働組合法七条三号にいう支配介入の不当労働行為に該当するというのである。

しかしながら、労働組合法一五条三項による労働協約の解約権を行使し、民法五九七条二項の告知権を行使する行為自体はいずれも団結権の侵害となるものではないし、本件において、原告が前記二、1及び2のとおり労働協約の解約権及び使用貸借の告知権を行使して係争事務室の返還を請求する行為について、これを被告の組合運営に支配介入する手段として利用する意図すなわち不当労働行為意思が存在することを肯認するに足りる証拠はみあたらない。かえつて後記認定の事情によれば、原告の右行為はいずれも正当な権利行使として肯認すべきものというべきである。被告の右主張は採用しがたい。

四被告はまた権利濫用を主張するので、考察するに〈証拠〉を合せる〈証拠判断省略〉と、次のとおり認めることができる。

1  原告の経営は東京オリンピック後の不況の影響を受けて昭和三九年秋頃から不振に陥り、昭和四一年四月三〇日における第一五期決算では当期損失約四一〇〇万円、前期よりの繰越損失が約六七〇〇万円にも達し、同年五月の新決算期に入るも一か月を経ずして五十余万円の損失が生じ、このまま推移すれば倒産に至る経営の危機に直面したため、原告は同年六月一八日に再建委員会を設けて検討し、同年八月二三日に同委員会の答申にもとづいて売上げの促進、諸経費の節減等を内容とする再建計画を決定したが、右諸経費節減の一項目として、賃借建物中三階約八三五平方メートルのうち約四〇パーセントにあたる三四〇平方メートルについて賃借契約を解除してこれを賃貸人に返還し、これにより保証金約一二九〇万円の返還を受け、賃料一か月約六〇万円の節減をはかることを定めた。

2  そこで原告は昭和四一年九月一九日に麻布台ビル株式会社と本件建物三階の賃借事務室のうち三四〇平方メートルについて賃貸借契約を解約して返還し、右返還部分にあつた第一会議室、第二会議室、経理総務事務室、役員室、役員応接室、男子休養室、女子休養室、車輛控室、外録機材庫室、倉庫室を残る部分に割り込ませて収納することをよぎなくされたことから、役員室等一部を廃止するほか用途別各個室の規模等を縮少せざるをえず、東京支社全体として事務所面積の約三〇パーセントが減少して相当に窮屈となつた。そのうえ原告の従業員の約八〇パーセントが東京支社に勤務していたので、横浜市の本社に人事、給与及び福利厚生を担当する人事部を残置しておくことから生ずる不便や支障が多く、事務所面積の右縮少直後ではあつたが、やむをえず同月二六日 人事部を東京支社に移転し、制作管理部(レコードテープ室)の一角に間仕切をして人事部用に充てた。また新品テープの管理は総務部の所管に属し、前記返還部分にあつた倉庫室に常時一六〇〇本位を保管していたが、右返還によりこれを保管すべき場所がなくなつたところ、新品テープは二日に一回位の割合で三階制作管理部に払い出していたのでその保管場所としては同部の近くが望ましく、また業務の能率的運営のためには録音済テープと一括して集中管理する必要があつたし、他方制作管理部はレコード及び録音済テープの保管、管理を行つていたが、レコードは保管中のもの約四万枚に加えて一か年約三〇〇〇枚の増加が見込まれ、その索引カードとともに膨大であるのに、さらに室の一角が人事部に割愛されるにいたつて、いよいよ機敏で能率的な業務の遂行が妨げられたので、制作管理部室を拡張する必要に迫られた。

3  新品テープの保管に充てるべき場所は係争事務室を措いて他になく、係争事務室は、その位置関係上テープ類を集中管理できるようになるので新品テープの保管場所として最適であるうえ、これにより狭隘な制作管理部を拡張する必要をも満たすことができる利点があつた。そこで原告は右のように差し迫つた業務上の必要に基づき被告に対し係争事務室の明渡しを求めることとした。

4  原告は被告に再建計画構想を説明したうえ、同年九月六日以降数回団体交渉等により原告において係争事務室の明渡しを求めざるをえない切迫した事情を説明して書記局の移転を要請し、その頃折よく空室となつた本件建物地下一階の部屋約31.12平方メートルをわざわざ賃借したうえ、同年一〇月一三日に右賃借部分中別紙物件目録(二)記載の事務室を係争事務室の代替として提供して、同月一七日までに代替事務室に移転するよう求めたが、この間被告が三階の一部返還を絶対に認めないとの立場をとり、前記労働協約を盾にとつて係争事務室に固執し、代替事務室は不便であるからといつて書記局の移転を峻拒することに終始したので、遂にやむをえず前記のとおり労働協約及び使用貸借の解約及び告知を行うにいたつた。

5  代替事務室は地下一階にあるが、本件建物が陸屋根構造であるので街路に面する窓から採光できず、周囲の部屋も他社の事務室として使用されており、本件建物は二階以上で南北二棟に分れているが、北館にある原告東京支社二階から南館の地下にあたる代替事務室まで右支社東側の階段を利用すれば数分の距離にすぎず、係争事務室より広くて冷暖房の設備もあり、原告は机、椅子等の備品やその他の条件について誠意をもつて協議する旨申し入れたが、被告が移転を全く受けつけずこれら条件について協議に入るに至らなかつたもので、前記労働協約の解約予告後被告が移転に翻意するまでやむなく代替事務室を新品及び破棄予定テープ等の倉庫に使用することとしたが、新品テープの納品の際には係員が業者を代替事務室まで同行し、出庫のときは手押車にテープを積載して三階制作管理部まで運搬するなどしなければならないので、テープ関係を集中管理できないうえ余分の手間を要する不便な状態を強いられているありさまである。

右のように認められ、〈証拠判断省略〉右1から4までの認定事実によれば、原告がその告知権を行使して本件貸借を終了させて係争事務室の返還を求めるにいたつた経緯については、やむをえない事情があることが首肯されるし、他方被告のいう組合書記局の用に供すべき施設については、代替事務室の提供を用意するなどして相当の負担であるにもかかわらず引き続き便宜供与を図つていることが明らかであるから、およそ権利濫用を云為する余地はないというべきである。被告の主張は理由がない。

五以上の理由により、原告の被告に対する本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、仮執行の宜言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(中川幹郎 原島克己 大喜多啓光)

物件目録

東京都港区麻布台二丁目一三番地一、一四番地一、一五番地一、一五番地二、一八番地二

家屋番号一四番一、鉄筋コンクリート造陸屋根地下三階付八階事務所、店舗、遊技場のうち

(一) 三階事務室別紙添付図面(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)点を順次直線で結んだ部分8.25平方メートル

(二) 地下一階事務室別紙添付図面(二)の(い)(ろ)(は)(に)(ほ)(へ)(い)点を順次直線で結んだ部分12.31平方メートル

〈図面(一)(二)省略〉

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